「CLマネジメント」の時代 その31
イノベーションと企業遺伝子(18)
「企業遺伝子は様々な形で存在する」
~自社の企業遺伝子を知るには第三者視点が不可欠~
これまで企業遺伝子の類型別に4社のトップと「自社のDNA」をテーマに対談を行った。今回から明治大学大学院教授で企業遺伝子研究の第一人者である吉村孝司氏に再び登場願い、これまでの遺伝子事例を踏まえてより進化した企業遺伝子対談を行っていく。
瀬本 1年前まで行った対談では主に吉村さんの企業遺伝子研究を基にして
「企業遺伝子はあるのか?」をテーマに話し合いましたが、
今回からはこの1年間で私が行った特徴ある4社の経営者との
遺伝子対談を踏まえて話しを進めたいと思います。
吉村 瀬本さんが行った経営者との遺伝子対談は非常に興味深く読ませて頂きました。
どの企業にも遺伝子的な特徴があり、企業遺伝子の4類型とも言える
代表的な企業を選ばれていたので感銘していました。
瀬本 世界企業の代表として「富士通」、ベンチャーの代表として「ライフネット生命」、
創業者の理念を実践している企業として「近江兄弟社」、
日本の伝統企業の代表として「石川酒造」の4社を選びました。
吉村 富士通が自社のDNAを明確にする為に英国人専門家に世界中の関連会社の
調査を依頼されたのには驚きました。
様々な人種で構成されている世界企業であるだけに共通するDNAを明確にし、
それを継承させなければ企業文化や行動がバラバラになってしまい競争力を
なくすとの危機感が背景にあったのでしょうね。
瀬本 自社の企業遺伝子を知るには第三者視点というものが不可欠であることを確信しました。
そうでなければただの思い込みになる可能性が大だと思います。
吉村 ライフネット生命の場合、大生保のDNAを持つ出口さんが新しい生保を創業する時に、
その遺伝子を断ち切る為に日本生命時代の部下を一人も連れて来ずに、
生保のことは何も知らない若者達をパートナーにしたことに感銘を受けました。
瀬本 まさに遺伝子が組み換わる瞬間であったと思います。
吉村 古い大きな宇宙が爆発してビックバンとなり小さな宇宙から再スタートするように、
今は小さな会社ではあっても有能な人材が集まって凝縮されている時期だと思います。
やがて勢いを増しながら大きくなって行く中で新しいDNAが形成されて行くことでしょうね。
瀬本 近江兄弟社の場合は創業者の想いが社員の行動規範の中に溶け込んで100年経っても生き続けている稀有なケースです。
吉村 マックスウエーバーが「仕事は神から与えられしもの」と言って「ベルーフ(Beruf.天職)」と表現していますが、
この職業感はプロテスタントの人々に継承され続けているものと聞いています。
そう考えれば近江兄弟社のDNAも創業者から始まったのではなく、それ以前からの遺伝子を継承していると言えるのかも知れません。
瀬本 プロテスタントの職業使命感がヴォーリズという創業者を媒体として近江兄弟社という形となり今に生き続けているわけですね。
社会貢献を謳う企業はたくさんありますが、この会社のそれが深さを感じるのはそのような遺伝子的背景があるからなのかも知れません。
吉村 石川酒造の代々の当主が250年間も日記をつけ続け、そこに書かれている経営判断の蓄積が
現経営者の意思決定の軸になっているというようなケースは企業遺伝子論的にも非常に興味深いことです。
瀬本 企業遺伝子と言えばなんとなく「あるもの」として捉え、具体性が無いように思われがちですが、
様々な形で存在することを1年間の対談を通して確信しました。次回からは具体的な企業遺伝子論について話し合いながら、
それを企業革新の為にどう活用して行くのかを探って行きたいと思います。
吉村 孝司(ヨシムラ コウジ)
1960年生まれ。明治大学専門職大学院教授。経営学博士。
明治大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。
新潟産業大学経済学部教授を経て現職。
企業イノベーションの研究を進める中で、経営の実行主体としての人間の諸行動に着目。
なかでも意思決定行動を人間の脳機能との関連で解明しようとする「ニューロエコノミクス(神経経済学)」に基づく「ニューロマネジメント」を提唱し、研究を進める。特に「企業遺伝子」の存在を初めて実証したこの分野の第一人者。
著書に「企業イノベーションマネジメント(中央経済社)」「マネジメント・ベーシックス(編著・同文館出版)」他多数。